昨日は、人生初の
昨日は、人生初の
ウーバーイーツmデビュー!をした日でした。
今年の暮れには正式に法的にも高齢者になるような年齢の私は、入院する前には若い世代の人たちが当たり前に活用しているような、こんなサービスを利用しようとも思わなかったでしょう。
だって初めてのことだし使い方もわからないし…。
それでも利用しようと思ったのは、入院した病院の系列のリハビリ専門病院に転院したことが大きかったんだろう。と思います。この病院のお医者さんや看護師の人達にはあまり良い印象を持っていないのですが(ま、その人のパーソナリティにもよりますが…)介護士さんや療法士さんには本当にお世話になりました。
私の場合は脳梗塞に加えて左の大腿骨の骨折という状態での転院だったので、リハビリも三本柱(理学、作業、言語)で、行われていたのですが、そのうちの理学の療法士さんで私の担当になった時には「アレがおいしい」「これが便利」というお話をよくしてくれていた男性療法士さんがいて(原因は私が【退院したらおいしいもの食べたいなぁ】という事をよく言っていたから…。この病院の前に入院していた病院でも血糖値が高かったから、私の食事は糖尿病食。と云われるもので、すごい薄味で素っ気ないもので…。
おまけに院内の売店でもお菓子の類は買わせてもらえず、おいしいものに飢えていた。という事実がありました。
もっとも転院後は少し規制も緩くなり、こちらの病院ではおやつを買うこともOKとなりました。…ただし制限があって、1日100キロカロリー未満しか食べられない(;^_^A
だから、おやつを買っても5階のナースステーションに預けて食べたい時に100キロカロリー未満で渡してもらうという…。←小学生以下の児童よりも悲惨( ;∀;)
話が盛大にわき道にずれたので、、ちょっと修正します。
という状況にあったので、昨年の暮れ近くからそういった話を楽しそうにしてくれていた療法士さんがいて、それでウーバーイーツが便利そう。という事を知ったのですね。入院前に一度マクドナルドのアプリを入れて注文しかけたことがあったのだけど、最低注文金額というものがあって、それだと60歳を過ぎたおっさんが非t理で食べるには、あまりに量が多すぎて「これは頼めないなぁ」と思っていたので、これは、渡りに船のような情報でした。


初めて注文したのは、マクドナルドのダブルチーズバーガーでした。↑
昨日は朝のうちに
昨日は朝のうちに
タバコの残りが数本しかなくて、やむを得ず一番に近くにあるコンビニまで歩いて買いに行ったという…。
昨年の9月以来、入院していたので、強制的な禁煙生活を余儀なくされていたんだけど、退院して自宅に帰ってくると入院する前に買い置きをしてあったタバコが目に付くので、ついつい吸ってしまい、再びの愛煙家生活に戻ってしまった。
とはいえ、入院する前には2日でひと箱を吸っていたものが、退院後はひと箱を吸い終わるまでに3~4日かかるという事でたばこの本数自体はかなり減ってはいる。
その上でお買い物は基本的にヘルパーさんにお任せしているのだけれど先日お願いしたら「タバコは買えません」とハッキリと却下されたので仕方なく自分で買いに行くことに。
でも、これも歩行訓練の一環だと思えばまあまあやる気も出るんじゃないか?という希望的観測の下、出かけたんだけど、一番近いコンビニまで歩いて30分。という事は想像していたものの、買いに行ったら帰ってこなければいけない。というところまでは考えてはいなかったようで…。
出かけるときに玄関前からストップウオッチを始動させて帰ってきた時に計測結果を見たら1時間を超えていたので、ちょっとビックリしたけど、片道30分なら往復で1時間はするかぁ。という事に気がついた。
ただ、これがボケのせいなのか?もしくは脳梗塞の影響というもののせいなのか?判然としないので少しモヤモヤしてしまったという…。
本当に、脳梗塞という病気?は厄介なもので、気がつかないうちに脳に障害を負っているという事は多々ある。
それは転院した後の病院で、私よりもハッキリと若い男性患者(見た目の印象では20代半ばから30代半ばくらいの年齢に見えた)が、若いのにこもったような声でアホの子のような話し方をしているのを見て・聞いて「何?どうしたの?この子は?」と思っていたんだけれど、転院してから日数が経過すると、原因が脳梗塞かどうかはわからないけど、何らかの原因で脳に損傷を受けて、自分の意志とは無関係にその人の場合は話し方に影響が出ているのだな。という事がわかってきた…。
となると、今後の自分の生活が少し不安だ。脳梗塞は何度でも発症するという病気だという事を入院中に知ったからだ。
実際私は3度、脳梗塞になって三度目に脳梗塞を発症した時に自転車で走行中だった為に転倒して左大腿骨を骨折して、結果。入院するという事になってしまっている。という事実があって、骨身に染みている。
崔苑に買いが何時軽かったので、血液をサラサラにする薬を自主的に服用をやめてしまったという過去があるけれど(この時はまだ何度も発症する病気だという事は知らなかった)けれど、今回、退院した後は処方された薬はちゃんと継続して飲んでいる。もっと酷い目にあうのは回避したいという思いからだった。
入院当初は
入院当初は
2~3年前に二度目の脳梗塞が疑われた時にちょっとの間お世話になった総合病院だった。けど、入院してからほどなくして一か月後くらいに同じ系列の病院だけれど、リハビリの専門病院に転院するらしい。という事がほぼ決定事項のように告げられた。
この時の私は、入院自体が初めてだったし、リハビリの専門病院というものが、どういうものか?という事も全然わかっていなかったために、のほほんとしていた。
しかし、通院時には何も思わなかったけど、入院したら割とストレスを感じることの多かった病院だったな。と思う。
前にも書いたとおり、左の大腿骨の骨折があるとはいえ、その根本原因は脳梗塞だったので、とにかく脳梗塞の治療から始まって大腿骨の骨折は一週間、放置され(やむを得なかったんだろうけど…)というところで、痛いひどくいたぁい。
何しろベッド上に固定されて…はいないけど。ベッド上に寝かされたままなので、姿勢を少しでも変えようものなら、激痛に見舞われる。
そのままでは寝られないから痛み止めを飲む。
けど、すぐに痛さがぶり返してくるので、また痛み止めを要求するのだけれど、痛み止めは一錠飲んだ後は6時間は時間を空けないと、次が飲めないというルールがあるので、結局は放置される。
痛いは、眠れないはで困り果てた私は自分の考えで眠剤、つまりは睡眠薬を飲ませてほしい。と願い出た。睡眠薬の力を借りて無理やりにでも寝なければ、身が持たない。と考えたからだったのだけれど…。これが、のちに転院したのちの私の身に災難として降りかかってくるとは、この時には想像もできなかった。
昨日ブログが書けなかったのは
昨日ブログが書けなかったのは
ちょっと疲れが過ぎたみたいで、夕飯を食べた後めちゃくちゃ眠たくなって睡魔に負けてしまったからだ。
というのも、その前日…つまりは一昨日の日に少しばかり無理をしすぎたせいかもしれない。
なにしろ、朝一番に郵便物を出すのと郵便局からしかできない払い込みの用事があって、歩行器を使って歩いて15分ほどのところにある郵便局に出かけて封書をポストに投函して、その後は中に入って郵貯のATMを使って2月に病院で頭をカットしてもらったカット代の払い込みをした。最近は70分ほど歩くこともあったので、それほふぉ疲れは感じていなかったのだけれども、往復で30分ほども歩くと、思った以上に足に疲労はたまっていたようで…。
自宅に帰り着いた時には、かなりゼー、ゼー言っておりました。というのは前に書いたような気がする…(;'∀')
が、昨日は昼から通所のデイサービスに行かなければいけなかったし、今日はお昼からヘルパーさんが来てくれる日だったから、もう一昨日しか、余裕のある日がなかったので、仕方がなく区役所まで、出かけた。
理由も前に書いたような気がするけれど、実は入院中にマイナカードの更新期限が過ぎてしまい利用ができなくなって不便だったから。という事だったんだけど。
やっぱりお役所に出かけると用事がすむまでの時間が長くてね。
しかも、そのうちのほとんどがただ単なる待ち時間。だからなおさら時間が長く感じてしまって、それが疲れの原因だった。
入院期間中の半年間は、そんなにただ、何もすることがないままのボーっとした時間というのはなかったから、すごい久しぶりの感覚でこれが疲れに拍車をかけたのだろうなぁ。というのは想像に難くない。はっはっは、あゝ疲れた疲れた。
仕方がないから、一眠りしてからブログを書こう、と思っていたのに、しっかり朝まで寝てしまった。
というのが、ブログをお休みした理由なのでありました。
今日は区役所に用事があったので
今日は区役所に用事があったので
ちょっと勿体ないなぁと思いながら、タクシーでお出かけ、おでけけ…←スパイファミリーのアーニャの真似('◇')ゞ
途中に近所では一番安い価格のガソリンスタンドがあったので、ちょっとガソリン価格のチェックをしたら…。(最近のニュースでは1リッターあたりが190円を越えていると言ってているし…)今は車がないからあまり実感はなかったけど、岡山の片田舎なのにリッター170円を超えていた。
中東のいざこざが迷惑なのか?そこにちょっかいかけているトランプが迷惑の元凶なのかは知らないけれど…。これはマイカー持ちにはキツイわなぁ…と思ってしまった…。
とりあえず、区役所の用事というのは、持っていたマイナンバーカードの更新期限が去年の12月21日(私の誕生日)で切れてしまっていたのだけれど、私は入院の真っ最中だったもので更新することができずに終わってしまっていたので、やっと退院できたこともあり今日になって、やっと更新する気になって出かけて行った。という…。
退院したのが3月3日で、今日が3月23日。20日間も間が空いたのは、退院して生活環境が大きく変わってしまったのと、帰宅した後にポストにぎゅうぎゅう詰めにされた郵便物の整理に時間を取られたせいだ。
何しろ、入院中に未納だった利用料の請求書などが何通かあって、その確認作業に手間取ったというのもある。
「アレー?これは払ってなかったっけ?」というものも何通かあり、そのおかげで通常の月よりも26,000円ほど多く払ってしまって、ほぼスッカンピン状態になってしまったのだから笑えない…。
今の世の中、何かしようと思った時には身分証としてマイナンバーカードが必要になる場面が多い。
ないと思ったように身動きが取れない状況に陥ることも多くある。
という事を入院期間中に思い知った。
あまり認めたくはないけれど、現代社会の必需品になっているような気もしている。任意で始まったくせに。今やほぼ強制的に保険証はマイナンバーカードに置き換わっているし…。
そのせいもあってか?
区役所に着いてみれば,マイナンバーカード関連で呼び出しを待っている人の数の多いこと…。私が手続きをして呼び出し番号をもらった時点で、私の前に二十数人待っているという事が判明。やっぱりお昼頃から出かけたのは時間的に遅かったかなぁ?とは思ったけれど、朝一番には郵便局に用事があって、歩行器を使って歩いて出かけていたので、しょうがない。(郵便局までの往復で約30分かかる)
先日家賃の振り込みのために銀行のATMのある近所では一番近いスーパーまで歩いて行ったときには、帰り道をストップウオッチで計測したら約1時間かかっていたので、単純計算で往復2時間に、スーパーの中を歩き回ってきたから、それ以上の歩行時間(入院中のリハを含めて、こんなに歩いたのは初めてだった)
というのも影響していたのだろうが、あまり疲れた感覚がなかったので、玄関前の段差をそのまま昇ろうとしてずいぶん苦戦してしまい、思い出したのは…。30分も歩いたら左足が疲れるから、帰ってきたら少し休憩をしてから玄関に入ろう。と以前、考えていたんだっけ。という事に気がついたけれど、時すでに遅し。
なんで?と思いながらも一人しかいないものだから死に物狂いで玄関に入るべく格闘して…。入れた時にはホッとしたけれど…。
入院中なら、療法士さんが、誰かしら傍にいてくれたから、こんな時はすぐに助けてもらえていたなぁ…。と思ったら泣けてきた…。
なんかね、退院してからひどく涙もろくなっていてね…。
何でもないことで、すぐに泣きそうになってしまう私であった…。泣ける要素があまりないSPYxFAMILYのシーズン1・2を見ていても泣きそうになってしまうしさ…。
というところで、今日はおしまい。です…。
最初に運ばれた総合病院は…。
最初に運ばれた総合病院は…。
3~4年前に2回目の脳梗塞が疑われたときに通っていた精液外科の先生に紹介してもらった病院で…。めでたくも(?)2回目の脳梗塞が確定はしたものの…。
しかし、私は運のよいことに、自分で「違和感」を感じて自主的に病院に出かけたので(過去2回とも)それほど重篤な状態に陥ったことがなく…・
2回とも【血液をサラサラにする薬】を処方されて「しばらく様子を見ましょう」と言われ、そうした処置を受けてきたことで、本当はいけないことだけれど「なんだ、たいしたことないじゃないかぁ」と【脳梗塞】という病気を舐めていた一面があったことも事実で…。
2回とも途中で病院通いを【自主的】に辞めてしまっていたという、今考えると【暴挙】に出てしまい…。
それが3度目の今回、自分に跳ね返ってきた挙句に【大腿骨の骨折】というおまけ付きで入院するという事態に陥ったという…。
今回のことで、初めて知ったのだけれど、【脳姑息】という病気は【治ったように】見えてもその後も何度か【発症】することのある病気なのらしい…。という事だった。
しかし、入院当初の綿足の病院での生活は悲惨なものだった。
本来なら【左】の大腿骨の骨折などは、病院に運ばれた時点で【即、手術】という事になって痛みは軽減されるらいいのだけれど、私の場合は、その原因が【脳梗塞】なので、最初にそちらの治療から入った。
つまり【過去2回】と同様に【血液をサラサラにする薬】を投与されて【脳へのダメージ】が少なくて済むような処置をされていたので、手術をすると【血が止まらない】ということで【出血多量】となって、別の意味で危険な状態になるから。という事で…。
1週間もの間【骨が折れた】まま【放置】されていたという…。
これが痛い。とても痛い。のだけれど「痛み止め」も服用後は「6時間」間を取らなければ、いくら痛くても次が飲めない。
おまけにベッドの上で「寝返り」をうっただけでも痛くなるからと、身動きも取れずにいて…。体中が、ガチガチに強張ってそれがまた、痛い。
ひどい状態だった…。
入院してました
入院してました
あれは忘れもしない、昨年の9月5日のこと…。
昨年なので、西暦で【2025年】、元号でいえば【令和7年】なのですが…。
おかねが入ったので光熱費の支払いに、いつものコンビニに出かけて支払いを済ませて、ついでにタバコを二箱買って、家賃の支払いに行きかけた途中で自転車でコケてしまって…。
そういえば、コンビニの店内でも足元があやしかったなぁということに気がついたのでそこから自宅に向けてUターンしたけれど…。
なんだか、左足の感覚がおかしい…。
自転車のペダルの「どこ」に足が乗っているのかが不明瞭で…。うまく力が入らずに、危なっかしかったので、何度かブレーキをかけては、またスタートするという状態だったので「マズイなぁ…」とは思っていたのだけれど数回、そういったことを繰り返した後に再びコケてしまって…。
どうやっても立ち上がることができなかったので、仕方なく救急車を呼んで病院へ…。
ところが、コケた現場がどこなのか?わからなかったから、やむなく近くの電柱に貼られていた【○○(町名)と数字】が書かれているプレートを読み上げて待っていたら、それだけで救急車が来てくれたので助かりました。
担架も長いほう(身長)に合わせる方向で二つに分かれて左右から体の下で合わせて、あまり痛みを感じないように載せることもできるのね…。という事も知って、驚いた…という…。
という事で、なんとか無事に病院に搬送されて…。
お医者さんに言われたのは「(都合)三度目の脳梗塞を発症して、転倒したことで、左の大腿骨も骨折をしていたそう」な…。と、いうことで、そのまま【入院】という【憂き目】に…。
それから、なんだかんだで今年の3月3日に半年ぶりにやっと【退院】できたという。
しかし、これだけ書いただけで、めちゃくちゃ疲れているという、体たらく…。続きは、また後日にしたいと思います。