ヒロリン雑学ブログ

時事ネタや歴史、漫画アニメネタの雑学ブログです。

ネコが死んだ日の2

ネコが死んだ日の2

嫁さんが、あまりにも無駄に買い物をしすぎるから、一時期、私が財布を預かって、お金が入ったら5万円くらいを渡して、「これで、今月できるだけやってみて、足りなくなったら、また渡すから」と言っても、早く使ってしまうと叱られるから。と思ったのかどうか?
翌月になって、クレジット会社から連絡があって、利用額を引き落とせなかったので、これ以降の利用を停止させたいただきます。だって…。

どうも嫁さん、私の財布から会社員だった頃に作っていたクレジットカードを抜き取って、買い物をして財布に返して素知らぬ顔をしていたようだ。
なので、使っていた事を知らないから引き下ろし用の銀行口座にお金を入れる事もしていないのは当たり前で、それで使用禁止と相成りました。

他にも、私が結婚前に計画的にお金を貯めて買っていた、アニメのDVDボックスの上下巻を黙って、内緒で中古屋にもっていって売りさばいておりました。
ただ、嫁さんは18歳も年下というのもあって、私も嫁さんには大甘だったんですけどね。

どういう教育を受けてきたんだか、それともポンコツな私が同じようなポンコツを引き寄せてしまったのか?

嫁さんは、まず自分の嗜好品を買います。
それで、一応は気が引けるのか?
子供達3人にそれぞれ好きな飲み物のペットボトルを買います。
お菓子でもそうなので、3人それぞれの好物のお菓子を買ってやります。

なんでしょうか?
お金は自然発生するものとでも思っているのでしょうか?
貧乏な家庭というものは、お菓子でも飲み物でも少数、買って「みんなで仲良く分け合って食べるのよ」と渡すものなんですが。

親父が死ぬ前の1年間で、親父に対しての嫌な思いをしてきたので、親父が死んだのを【これ幸い】と「もう親父はいないんだからね、来月からはちゃんとやりくりしてくれないと困るよ」と言ったのに、

翌月の月末になったら、しれっとした顔で「今月、お金が足りない」と…。
いやいやいや。
という事なので、月末になったら、必殺のワンフレーズが飛び出すという事に、何ら変わりはなく。
しかし、子供が3人いるのだから、子供にひもじい思いはさせらない。という事で、お父さんは、なんとかお金を工面してきます。

工面をするという事は、もう親父はいないので、他人もしくは会社から【お金を借りなければいけない】という事を全く理解していない。としか思えない勢いで、それからも毎月毎月【お金が足りない】と言う。

当時の我が家はお袋が買った家に住んでいたので、家賃は支払う必要がなかった。
けど、このまま毎月お金がない攻撃をされ続けると、実家も売らなければならなくなってしまう。
その上で言えば、親父が死んでから、毎月「このままじゃ絶対にもたなくなるから、ちゃんと収入の範囲でやりくりしてくれよ」って言い続けているのだけど、説得力がなかったのか、驚異的に物覚えが悪いのか?

嫁さんのお金の使い方が改まる事はなかった。
ので、三国志諸葛亮孔明ではないけど【泣いて馬謖を斬る】心境で、嫁さんに離婚を切り出した。

しかし、それでも多分。嫁さんは自分のお金の使い方がおかしかった。とは思っていなかっただろう。
こちらは、お金の使い方さえちゃんとできれば、また一緒に暮らそう。と思っていた。
だから、今でも嫁さんの家の用事なら、喜んで車も出す。
パニック障害もだいぶ良くなってきたので、少々遠くても行けるし。

離婚してから実家の売却まで1年もかからなかったと思う。
それだけ、親父が死んでからも、お金を都合してきた。
売却後に住むところがなくなるから、出来るだけ嫁さんの家に近いところへ引っ越してきた。

丁度その頃に、何かで嫁さんと口論となった時、嫁さんは言った。
「離婚した時に慰謝料も払わなかったくせに」
払えるかって話だわ。
貴方のおかげで借金まみれだったのよ。
なんなら、引っ越してきた後、1年くらいは頑張ったけど、その後どうしても支払う金額は多すぎたので、ギブアップして自己破産もしてしまったのに。

貰えるものなら、こっちが慰謝料を払ってもらいたい。
と、当時は本気で思ったし、何も感じていなかったんだ。という事実を突きつけられて驚いた。

長々と説明を書き続けてきたけど、昨日の火曜日にミーちゃんの火葬場に行って、長男に話しかけて、シカトに近い返しをされて、今更ながらにやっと気がついた。
「あ、俺って恨まれていたんだ」

お母さんと自分達を捨てたクソ野郎とでも思っているんだろうなぁと、昨日気がついた(遅いって、やはりポンコツだ)
よく考えたら、嫁さんの家に遊びに行っても、長男は頑として顔を出さない。

離婚をした後に【自分のお金の使い方】に問題あるとは露ほどにも思っていなかったのだから、離婚した当時に、相当に盛大に私の悪口を子供達に言って聞かせたのだろう。
そして、考えれば離婚時の長男の年齢は14歳だった。
もっとも多感な時期だっただけに、許せない。という気持ちが強く残ったんだろうなぁ。
しかも、長男はお母さんっ子だったし。

その事に、やっと気がついたので、もうやり直すとか、どうでも良くなってしまった昨日。
嫌われながら、父親面はできないしね。

過去はね、過ぎ去っているから過去なんだよね。
やり直すことはできない。
その出来事自体や、それにかかわった人達を憎んだり恨んだりしても、何にもならない。
そうした事ごとに怒りをぶつけても意味がない。

この先に何かしらの展望を見つけるようにした方が、よほど建設的だ。

ネコが死んだ日

ネコが死んだ日

それは先週の金曜日の夕方だった。らしい。
その連絡が嫁から私のところに来たのは週が明けての月曜日のお昼過ぎ。

話によると、金曜日の夕方に嫁の家で飼っていたメス猫のミーちゃんが死んだ。
この子は、昔、横須賀に住んでいた頃にもらった、もらい猫だった。
横須賀に住んでいた時期だったので、横須賀にちなんで、戦艦三笠から【三笠】と嫁さんが名付けた。
こういった知識だけはため込んでいた嫁さんだった。

で、ミーちゃんは、かなりの甘えた(甘えん坊)だったので、じーっと顔を見てくる。
そうして、ちょこちょこと近づいてきて、すりすりしたり、喉をゴロゴロ鳴らしたり…。
という事で、かわいらしかったので、嫁さんとしてもちょっとショックだったらしい。

週明けの月曜日に火葬場に持っていって火葬したいと思った時、連絡したのがお昼過ぎで、もう受け付けは終わりました。と言われたのだそうだ。
ペットを火葬するというのは、初めてのことだったので、土・日は火葬場も締まっていると考えていたらしい。
普通は、そう考えるよね。
でも、火葬場もそうだけど、役所もペットとはいえ焼却証明書の発行はお休みなしでしてくれていたらしい。

それがわかったのは、火葬場の受付が、もう締め切られていた月曜日のお昼過ぎに嫁さんが電話して、教えてもらってからだった。
という事で、証明書をもらいに行きたいから役所まで車で連れて行ってくれないか?
という連絡がきたのが14時少し前。

それから嫁さんちに行って役所に行って、窓口で証明書を13,000円を支払って、発行してもらって、その日は帰ってきた。
ペットは人じゃないから、お昼までで火葬の受付が終わってしまうからだ。
火曜日の朝に行こうという事になった。(当たり前っちゃ当たり前の話だけどね)

翌日、仕事が休みだからといって、長男も火葬場に行くと言うので、3人でミーコを連れて、火葬場に。
猫だから人に比べて身体が小さいので、1時間くらいで火葬は終わった。

その帰り道で、嫁が用事があると言うので、寄り道してその場に着いた時、車の中には私と長男だけになるから少しばかり話しかけてみたら…。
まあ、長男の愛想のないこと。

それで、やっと気だついた。
なのだから、私も両親や姉貴に負けず劣らずのポンコツだ。

嫁と書いているけれど、正しくは元嫁。という事になる。
今、小学5年生の三男が小学校に入学する少し前に離婚した。
別にいがみ合って喧嘩ばかりしていた、とか不倫とか、そんな理由じゃなく離婚した。

離婚理由は、けれど生活の根幹にかかわる問題だった。
嫁さんは致命的に金銭管理ができない子だった。
それは、かなり前から思っていたけれど、ハッキリとわかったのは親父が死んでからだ。

親父が死ぬ1年程前から、私は毎月、親父のところに行った。
嫁さんが言うのだもの「今月、ちょっとお金が足りない」って…。
なら、嫌っていても、そこは親父なので、相談に行く。
相談というよりもお金を借りに行く。

でも私は、以前ブログにも書いた通り、両親と姉が嫌いだったから、実家に行く事自体が苦痛なのだった。
だから嫁にも「来月はちゃんとしてくれよ」というのだけれども、来月が来ると、また「お金が足りない」という。
そんな調子なので、親父が死ぬまで毎月、実家通いをしていた。

実のところ、親父が嫌いというだけではなくて、父方の2歳年上の従姉弟が、嫁さんをもらっても毎月実家に行って、お金をせびっていたのを見ていたので、「ああはなりたくない」という思いも強く、また軽蔑もしていたのだ。
なのに、結果的に私も従姉弟と同じことをしている。と思うと情けないやら悲しいやら。

しかも、嫁は「お金が足りない」と言われて私が実家に行く時に、ドライブがてらについてくるといい。
嫁が来れば、まだ小さかった子供達だけを残してくるわけにもいかないので、家族が揃って出かける。

しかしながら、嫁は実家に行くのは嫌だとおっしゃる。
しょうがないから、子供達と嫁は実家近くのファミレスにおろして一人で実家に行く。
時間帯によっては夕飯を食べなきゃいけないような時間だから、子供達がご飯を食べる分には、何の問題もないし、嫁さんだって食事はすればいい。
のだけれど、実家からファミレスに行ってみると、子供達はご飯を食べているけど、嫁さんは【生中】を飲んでいる。
生ビールの中ジョッキだ。

お金が足りないというのなら、飯を食え。飯を。
なんで必要のない生ビールなんか注文している。
というのが、隠しようのない、その時の私の心情である。

基本的に、お金が足りないのも、嫁さんがアルコールやタバコを計算なしにいっぱい買うからだ。
嫁のお金の使い方は、まず自分ありき。で使う。
なによりもまず、自分の嗜好品にお金を使う。

アルコールとタバコだ。
結婚して1年ほどで、私は頸椎のヘルニアとパニック障害というもののおかげで、それまで勤めていた製造工場を辞めなければいけなくなった。
その時点で、それまで1日に1箱半から2箱吸っていたタバコは、3日で2箱まで、本数を減らした。

嫁は結婚してから1年程で、私の両親によるプレッシャーでイライラがつのり、ストレスになって、タバコを吸う事をおぼえた。と言っている。
でも、ウチの両親のせいで嫁までパニック障害になったのは事実なので、それは仕方ないかな?とは思うのだが…。

1日に4~5箱は吸い過ぎだろう。
元から、お酒は好きだったみたいだが、500mlの6本パックのビール(発泡酒も)を買うのはどうかね?
だって、その当時は私は無職になりたてなのだ。
多少、地元では大きな企業だったから退職金は大目にもらえたけど、いつまでもありはしないよ。

しかも不幸は、私の退職理由だ。
頸椎のヘルニアなので、肉体労働ができない。
その上、車に乗っている時にパニック障害の発作が出たので、車の運転そのものができなかった時期だ。
だからタクシー運転手とか、大型の免許を取ってのトラックドライバーという選択肢も消えていた。

その後の就活で思い知ったのは、41歳まで肉体労働をしていた人間には事務職への転職は無理だということ。
41歳のおじさんに、イチから事務職の仕事を教えるのは骨が折れるから採用はしない。と面接で言われた。
こうなると、もう働き口はない。

だから節約しなければいけないのに、嫁は、そんな調子でほぼ毎日、買い物に行って、同じ量のアルコールとタバコを買ってくる。
そりゃあね、お金も早くなくなるわ。っていうお話。

 

アニメ紹介・神撃のバハムートVIRGIN SOUL

アニメ紹介・神撃のバハムートVIRGIN SOUL

今回YouTubeで紹介しているアニメは、前回、紹介した【神撃のバハムート GENESIS】の後に作られた同シリーズの【VIRGIN SOUL】です。

前作の終了時から10年後の世界を時代設定にして、作られています。
なので。前回の主要メンバーのファバロもカイザルもリタも10歳、歳をくっています(あ、リタはゾンビだから歳をくてないか(^_^;))

 

youtu.be

未だに試行錯誤しながらの制作なので、今回はアニメのワンシーンも取り入れて作りました。

ちなみに話が前作よりも長いので、今回は前編、次回は後編。
で、作りかけております。

サッカーW杯

サッカーW杯

その話でもちきりの昨今、ドイツ戦(だっけ?)で、歴史的勝利とかを収めて沸き立つ日本。
しかしながら、昨夜のコスタリカ戦で負けてしまった。

これは日本人の民族性なのか?特徴なのか?
ハッキリしている事は【コスタリカを舐めてたろ?】って事だよね。

スポーツの国際試合は20代の頃から、見てきた。
途中で、ある事に気がついて、あまり熱心に見る事をしなくなった。

多分、農耕民族(日本人)と狩猟民族(欧米各国)の持って生まれた性質の差。というのも関係しているんじゃないだろうか?
長丁場の試合では、日本チームは【気を抜く】ところが多々ある。
最後まで集中力が保てないのだ。

あとは、国民性だと思うけど、相手を軽く見る風潮がある。
ニュースでも欧米関連のニュースでは、へりくだって伝える傾向にあるのに、中国や韓国系のニュースは、多少【小馬鹿】にしたような伝え方をしている。

いやな民族だよなぁ。とは思う。
けど、そこまで真剣に思っているわけでもない。

今回も先の試合でコスタリカが7点も取られて負けているから「信じられなぁい、弱すぎじゃね?」という感覚で、コスタリカ恐れるに足りず。とか思ってたんだろう。

昔から【獅子はうさぎを倒すのにも全力を尽くす】とか、日本のことわざでも【勝って兜の緒を締めよ】とか言われているのに、どうしても【相手を軽く見て】しまうから、真の強者にはなれない。
報道の伝え方も、それをよく表している。

今朝のニュースの伝え方

日本、コスタリカに【まさかの】敗戦

【まさか】という言葉が使われている。
日本国中が、コスタリカを舐めていた証拠だろう。
W杯で7点も取られて負ける国なんて、弱いに決まってる。
そう決めてかかっているから、こんな記事タイトルで報道ができるんじゃないか?

現代社会が、かなり甘やかしの社会で、負けても【よくやった】とか【頑張った】とか言われるので、大して悔しさというものも覚えないんじゃなかろうか?
仮に悔しさを持っていたとしても、悔しさの度合いが【欧米各国】とは比較にならないほど浅いんじゃないか?

社会全体が優しすぎて、何でも許しちゃうような風潮にあるから大した努力もしていないのに、【めちゃくちゃ苦労した】とか思い込んでいる節があるから、多分【ここぞ!】という時に活躍できないし、勝てない。

とか思う。

でも、今やスポーツの中継自体に興味がないので、個人的にはどうでもいいんだけどね。
侍の頃は知らないが、近代日本人は物事を軽く捉えて失敗していることが多い。
第二次世界大戦でも【神風が吹く】と本気で思ったかどうかは知らないけど、行き詰まりが目に見えていた経済状況を打破する為に、開戦に踏み切った。

植民地政策で得る利益に目がくらんだからだろう。
満州国とか…。

だから根強い感覚なんだよね、そう考えると。
自己都合だけで、相手を軽く見てしまう感覚というものは。

人口増加問題で思う事

人口増加問題で思う事

さっき書いた記事で、話が脱線をしてしまったので、書き直すます(アーニャのマネ)
人口が増加しているのは、主に発展途上国だという事は、さっき書いた。

10年で10億人増えたという事で、単純に、ごく単純に考えると1年で1億人増えるとしてみる。
という事は1年で日本の人口と、ほぼ同数の人が生まれているという事になる。
とんでもない数字だと、ただ感じる。

ただでも、温暖化だ、気候変動だと言われる中、多分この地球上のひと、全てを賄えるだけの食糧の取れ高は望めない。
線状降水帯の出現状態によっては、多すぎる水分量によって農作物の発育不足が心配される。

海水温の上昇で、日本近海でとれる魚の種類が変わってきているので、これまで通りの漁獲量をもとに考えていては、将来的にダメージを食らう可能性もある。
それと一緒に海水の質が変化する可能性を考えると、安穏ともしていられない。
海水の酸性化が進んだ時、そこに順応して生き延びた魚を食べても人体には影響はないのだろうか?

それと同時に考えなければならないのがエネルギー問題だ。
現代社会は、先ず前提条件として電気ありきの議論しかされない。
じゃあ、どこまで電気の安定供給が望めるのか?
メチャクチャ不安定だ。

ロシア対ウクライナ戦で浮き彫りになったのは、ひとつの国に問題が発生した時、電気の原材料の輸入が困難になる。という事実。
原材料というのは、ロシアのガス田などを指す。
それが輸入できないばかりにヨーロッパでは物価に反映されている地域だってあるのだから。

あと、専門家といわれる人々の言ってきた事も結構いい加減だったなぁ。という事もわかってきた(個人レベルの思い付き)

十何年か前かな?
このまま化石燃料を使い続けていれば後〇十年後には化石燃料は枯渇する。
まだ枯渇していないし、そういった危険性を訴える声も、どこかに消えた。

今の化石燃料に対しての危惧は「燃やせば二酸化炭素が出て脱炭素が遠のく」という事になっている。
かなりいい加減だな、専門家。と思う。

だからといって、自然頼りの発電システムでは多くの電力は望めない。
水力発電風力発電太陽光発電も、火力発電の代替にはならない。らしい。
では他に?
と思えば副産物として放射能付きの核廃棄物がついてくる原子力発電を【安全】だと言い切って、その使用を常態化したいらしい人が多くいる。

でも、今から代わりになるエネルギーというものを探しても、相当な時間を要するだろう。

少し話は変わるけど、2030年までに人類は月に住むようになる。という記事を見た。
あまり興味はなかったけど、一応チェックしてみたら【住む】ではなく、南極の観測基地のように【滞在】することができる。かもしれないという事を大袈裟な表現で伝えているだけだった。

恒久的に人が住むことができるまでといえば、おそらくその何十年か〇百年後。って事になるんだろう。
なんでもそうだけど、迅速に物事が成ったという事を聞いたことがないような気がする。

それから人口が増えると、単純に増えた人々が暮らす土地や建物をどうする?
という事も避けては通れない。
北極や南極の氷が溶けて、海抜ゼロメートル地帯が水没したら、海水面よりも下になったら、確実に生活するべき場所は減る。
問題は山積している。

人類に未来はあるのか?な?

人類に未来はあるのか?な?

先日、見つけたニュース記事の内容は。
ここ10年で世界の人口が10億人増えた。
というものだった。

大丈夫か?世界?
そこに貢献しているのは、発展途上国とか後進国とか言われている国々の人だと記事では伝えている。
無理もない。と言えば無理もない。

日本のことわざ(なのかな?)にも【貧乏人の子沢山】というのがある。
貧乏人は遊びに行くお金もないし、楽しみがないから【夫婦の営み】をする。
しかも、これが言われていた頃は避妊具だってなかった(かもしれない)ので、そりょあ、そうした行為をすれば子供はいっぱいできるよね。

発展途上国といわれる国でも、やはり娯楽というものは乏しいだろうし、避妊具だってひょっとしたら、かなり高額なのかもしれない。
となれば、日本の古い時代のように【貧乏人の子沢山】になっても、なんら不思議ではない。

先日、ネットで見つけたえっちぃ動画を見ていて、ちょっと驚いたことがある(シニアだけど、一応は男なので)。
ゴムなしで行為に及んで、行為が終わった後に男の子が「大丈夫だから、シャワーで流せば大丈夫だから」とか言っていた。
バカなんじゃ?と正直思った。

それじゃ、子供はできまくりだろ。
ゴムをしていても100%完全な避妊ではないとされているのに…。

開いた口が塞がらない。というのは、その時だったろう。
まだ、そういった知識を持たない子が、そういった動画を見て「そうなんだぁ」と思って、同じことをしたら妊娠する子が続出するよ。

ちょっと話はズレたけど…。

後進国といわれる国の状況がそうであり、逆に先進国なんて言われている国は、そうでもない。
諸外国の事はわからないので、日本に限って言えば【少子高齢化】が進んでいて、新しい命が生まれないのに高齢者ばかりが発達した医療のおかげで(?)長生きして、世の中は高齢者が多い。

つい先日も97歳のおじいさんが車を運転していて歩道を走行して死傷事故を起こしたことが取り沙汰されている。
確かに事故を起こしたのはおじいさんだけど、そこばかりを責めるのは少し違う気がする。

97歳という高齢者がハンドルを握る。という事自体が異常なんだと指摘する声があまり聞こえてこないのはおかしいだろう?と思う。

自動車の普及というのは、私が小学校の中学年くらいから、徐々に始まった。
確か自動車の製造工場に勤務していた叔父さんが、天引きという買い方で、一般よりも安く買えるからと、その当時の軽四を買って乗せてもらったのを憶えている。

なおで、私が10歳くらいの頃といえば、約半世紀前の話だ。
その頃の平均寿命は今よりも短く、だから60歳になると【還暦】というお祝いをしていたんだよね。
それが今では【人生百年】とか言って、保険屋さんとかが一生懸命にCMを流している。

数年前の池袋の84歳の高齢者のお恋した交通死亡事故。
あの時点で、84歳が自動車を運転するという事が【想定外】だったことを認識している報道は、あまりいなかったと記憶している。
単純に老害扱いして加害者の責任ばかりが報じられた。

かなり話がズレてしまっているなぁと思いながら、ついでに書いてしまうと…。

今回の事故でも97歳が自分で車を運転しなくちゃいけない。という事がおかしいと言われることは、今のところ聞いていない。
ご近所さんの話で、「バスは本数がない」とか「バスに乗るのにもステップを上がるのが苦痛なんだ」とかいう声は聞こえた。
バスだって、そんな高齢者が乗るというのは想定しないまま、昔の形態で今でも作られている。

ノンステップバス。というのもあるけれど、普段バスに乗らないので、どこまで足への負担が少ないのかはわからない。

97歳の高齢者の子供の談話で「今まで事故は起こしていない」というものがあった。
でもね、97歳で奥さんが死んでいるのに、それを放置するのは何故なんだろう?
高齢者中の高齢者といえる97歳に一人暮らしをさせ続けていたのは何故なんだろうね。

答えは簡単で、面倒だからだ。
今迄おじいさんなしで過ごした生活リズムとかパターンがある。
それが超高齢者を迎える事で狂ってしまうのは、目に見えている。
迎え入れる方も窮屈だし、腹が立つことも増えるだろう。

要は自己中心的な人ばかりになって、親子といえども他人と同じ感覚になるからだ。
これはもう、どうする事も出来ない。
多分97歳の子供なら下でも70代だろう。
子供達自身が、その子供達に放置されているという事も十分に考えられる。

どちらにしても、こんなに長生きしている人達が多いのは、全ての人にとって初めて経験する事だから、これからも高齢者絡みで想定外の事故や犯罪が増えるんじゃないかな?
という事も、一つの心配の種。
若い内はわからないのよ。
私だって還暦を過ぎてから、こうした問題について考えるようになったからね。

65歳になったら年金が貰えるのだろうか?私は?

大人の発達障害が増加中

大人の発達障害が増加中

という記事を何日か前のYahoo!ニュースの見出しで見た。
今の子はいいよな。と思う。
子といっても、私の年齢的に40代や30代でも、みんな表現としては【子】なのだけど。

ちゃんと読んでいなくて、斜め読み程度にしか読んでいないけど、要は【発達障害なのだから暖かい目で見ましょうね】という内容だったと思う。

綺麗事が言えるのは、自分の身近に発達障害の人がいないから言える事だだろう。
私の父親と姉は、何らかの発達障害を持って、生まれ育ってきた人間だ。
父はもう既に数年前に他界しているが、姉貴は今も元気に生きている。

私がそういった事を認識したのは、自分が結婚をして、子供が生まれて、その子が成長して小学校に上がってからだ。
長男が通う小学校で【発達障碍児童】に関することが、色々と言われていると、嫁が教えてくれたからわかった。

嫁の言う【発達障害】の特徴は、親父と姉貴にピッタンコと符合する。
ただ親父は昭和12年の生まれだし、姉貴も昭和33年生まれだから、発達障害という言葉はおろか。そうした概念すら存在していない時代に生まれている。

なので、今のように発達障害だから、大目に見よう。という事など誰も思わなかった。
ハッキリと言えば【融通が利かない】【機転が利かない】【空気が読めない】【言われたこと以外はできない】まだいえば【応用もきかない】

なので、ちょっと可哀想な子として扱われることも多かったろうが、一般的には【相手にされない子】になる。
姉貴は学生時代に、友達という存在は、ほぼ皆無だった。と言っていい。

親父も、自分の物心がついてから、友達が家に遊びきたような思い出は、ほぼ無い。
親氏は草野球が好きで、そのチームメイトらしい人が2度ほど遊びに来ていた思い出が限りなく薄くある。

つまり2人とも友達と言える友達はいなかった。

まだ若い頃には、お袋が【あたしが生みそこなったばかりに、この子は…】とこぼしていた。
その頃は、私も「そんな言い方するなや」と怒っていたけど、
60歳近くになってからの、姉貴の言動は我慢し難いものがあった。
その頃には、子供がいて、小学校経由で発達障害については知っていたし、そうなんだという理解はしていても、常に腹に据えかねるものがあった。

という事で、現在、姉はいないものだというスタンスで生きている。

けど、潜在意識の活用を考えた時に、これはマイナスにしかならない。

ジョセフ・マーフィーは言う。
「全てを許しなさい」と。
それは、【現在の自分の姿は、常日頃、自分が考えているものが現実化されたもの】だからだ。

マーフィーの法則に関して言えば、日本ではややこしい事にジョセフ・マーフィー自身が書いた本の翻訳本と、よくわからないけど、マーフィーの法則を日本で広めようとした(目的がわからない)人が書いた物があって、読んで思うのは本人が書いた物の翻訳本を読む方が確実にわかりやすいし理解しやすい。

マーフィーの言う【全てを許せ】というのは、自分を例にとると。

私が過去に親父や姉貴にされた事を思い出すたびに腹立たしく、その事に対しての不平・不満を頭の中でごちゃごちゃと考えていると、夜が寝られなくなることがあった。
これは精神衛生上、非常によろしくない。
常に他者に対しての不平や不満を考えながら「今、自分には必要とするお金が流れ込んでくる」と言ってみたところで、腹の底にある怒りの方が勝ってしまって、潜在意識は【怒り】の方を選択してしまうだろ。

いくら表面的に良い事を考えていても、人の意識というものはマイナス方面、つまりはネガティブな考えの方が勝ってしまう。
他人と話していて、こんな事を言ったり聞いたりしたことはないだろうか?
「嫌な予感って、よく当たるよね」

これは、冷静に考えると当たり前のことで、人間は、なかなか良い事の想像というのはしにくい。
腹の底に【そんなにうまくいく訳がない】というものがあるからだろう。

逆に悪い考えというのは、非常に微に入り細に入り、想像がしやすい。
Aさんと会ったら、こんな風に言われて、こうされて結局はそんな事になる。
経験則というものがあるから、容易く想像ができてしまう。
なので、そんな心配ばかりをしていると、潜在意識は「ああ、そんな事を欲しているのだな」と、それを現実化させてくれる。

マーフィーの本を読めば、ところどころの注釈に【潜在意識は善悪を選ばない】と書かれている。
つまり「善人にだけ、良い事が起こる訳じゃない」と言っている。
世間的に悪人でも【その欲する力が強ければ】その思いは現実化される。

ただ、そうした人がお金持ちになったとしても、最終的に【誰かに盗られる】とか【裏切者がいるんじゃないか】とか、いうなれば【猜疑心】が強くなると、その時点で、その魔法は溶けてしまう。
だから、誰にも恥じる事のない健全な精神で良い方向を望むことが必要だと説いている。

というのは、理屈では理解しているのだけれど、現実的に身内に発達障害の人がいて、それがデカい態度で、年長者だからと偉そうに言ってきたら、やはり反感は持つ。

難しいのよね。