ヒロリン雑学ブログ

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文化というものの本質

文化というものの本質

というものをズバリと言っている動画を見つけたので、リンクを貼ります。
今回も【TikTok】なのですが、さすがは学者さん(らしく見える人、詳しくは知らない)なので、理路整然と語ってくれております。

vt.tiktok.com

今回もTikTokなので、動画は上の【太字】のところをクリックしてください。

丁度、私が高校を卒業する頃が、この動画の中で云う【文化】のなくなり始めた頃ではなかったか?
「良い(高い)給料をもらおう」と思った時。
良い大学に入って、一流企業に入らなければいけない。
とい風潮があった。

となれば、必然的に【大学】の為に【都会】に人が集まり、自然と就職先も、その土地になってしまう為に、いわゆる【故郷】を捨てる若い人達が増える。
となれば【親】は言うまでもなく捨てる事にもなるので【祖父母】などは、更に眼中になくなる。

もうこうなると【文化】もくそもない。

それから以前に紹介した【勉強】についての意義も変わってくる。
本当の意味での【勉強】などを考えている人は、多分かなり少なくなっていたはずだ。
大学を選ぶ基準がすでに「○○をより深く学びたい」ではなくなって、「今の成績なら、どこの大学に入れそうかな?」になっている人の方が多かったと思う。
成績の良い人は【希望の大学】の【希望の学部】に入る事もできただろうけど、多くの人は「今の君ならこの大学の○学部にならいける」とかを先生に言われて「なんでもいいから」大学に入ろう。
で、決めた人が増えていた。と感じている。

つまりは【18歳】で社会に出るのも【味気ない】から【延命治療的】にさらに4年間の学生生活を満喫しよう。と進学した人もかなりの数にのぼるはずだ。
とにかく大学を出ればよい就職先が待っているから。
というのが【意義】に成り代わってしまっていた。
そうした時代の変化が当たり前になっていった時代だった(表現が少しおかしいですか?)

言い方を変えれば、日本人が堕落し始めた頃…だったのかなぁ?
ちなみに私が高校を卒業したのは1980年の3月でした。