明治維新は【おもはゆい】
というのは去年くらいから思っていた事で…。
また【TikTok】で動画を見つけたので、共有したいと思います。
明治維新については、いろんな意見があります。
今回の動画では「明治維新から後で勉強は【立身出世】のための道具と化した」というような事が言われています。
と、同時に【勉強の本質】のような事にも触れられたいるので、面白かった。
※動画は太字のところをクリックしてください
【明治維新】に関しては、他にも同じTikTokではあるけれど、私よりもはるかに高齢なお爺さん(名のある人らしいけど…)が、「江戸時代までは日本は戦争なんかしていなかったんだ。でも薩長が明治維新という事をしてから後は1945年まで、ずーっと戦争をしている」と吐き出すように言っていたものを見た。
【明治維新】が悪だと断罪しているような論調だった。
今回の紹介した動画の中では「明治維新はしょうがなかったんだ。だって西欧の列強と言われる国が中国に入って、次に日本にまで入ろうとしたから、必死になって抵抗をした」という意味の事を言っている。
それは確かにある一面では正しいことなのだけれども、私が好きな作家さんの幕末期の小説を読んでから持った印象は、また違う…。
私が好きな小説さんの幕末期の小説は、語り口も面白い。というのも手伝っていろんな魅力的な人が出てくるので、割と多岐に渡って読んだ。
何年にもわたって、何度も繰り返して読んでいるうちに、「あれ、これは世の中に知られているのは違うんじゃ??」
と思うようになった。
幕末期を舞台にした【ドラマや映画】の中で、よく「日本の夜明けは近いぜよ」というセリフを聞く。
語尾に「ぜよ」がつく事から、どう考えても言っているのは、土佐藩脱藩の坂本竜馬だ。
だけれども、そんなセリフは一向に出てこない。
というか、よくよく読んだら「誰も日本国の将来」なんて考えていない事に気がついた。
大元は【ペリー来航】に対する【幕府の弱腰外交】だ。
そこは間違いないのだけれど。
それでハジケてしまったのが【長州藩】で、幕府からにらまれる事になる。
実際に幕府は二度
の長州討伐を行っている。
つまり【明治維新】のい原動力となった【長州藩】は【藩の存続】をかけた【藩の都合】で【統幕】に力を入れざるを得なかった。
としか思えなかった。
では薩摩はどうなのか?と言えば…。
幕府によって辺鄙(へんぴ)な土地に飛ばされた。という恨みがあった。
しかもその土地は土地があまり肥えてはいなくて、農作物も育てるのが難しかった。
という事で、主食は【芋(薩摩芋)】といっても過言ではなく、江戸表に行けば【芋侍】などと揶揄される事もあった。
それだけではないにしろ、「おのれ幕府め、いつの日か目にもの見せてやろうぞ」という事は、腹に抱えていたらしい。
という事で、幕末期二度の幕府による【長州討伐】によって疲弊した長州藩としては【幕府に対抗するための武器】が欲しい。
一方の薩摩としては、「米をはじめとする農作物があればなぁ」というところがあった。
という事で、土佐の坂本龍馬が「米やら農作物はふんだん」にある長州と、外国に対して窓口のあった薩摩とを結び付けたから、倒幕。つまりは【明治維新】は出来上がった。
誰も【日本国の為】とかいう【大義】は持っていない。
尊王攘夷という事にしても【幕府】に対抗する為には【朝廷】を引っ張り出して、【神輿】にするのが一番手っ取り早い【大義】の立て方だったから【利用】したにすぎない。
としか思えなくなってしまった。
ただ、ここで士を捨てて【軍部】を作っていなければ、日本も【清】の二の舞になる可能性は高かったと思うので…。
そこが私には【おもはゆい】ところであったりする。
ただ、この頃から日本人に【欧米至上主義】のようなものが生まれて、今もなお引き続き。
それが変わっていないことが、哀しい。
なにしろ、欧米で流行ったこと、新しくできたものを無条件で【ありがたがる】という行為が理解できないのだった。
民族としての日本人の感性はどこに行ってしまったのだろうとか思う。
なんだか、どんどんとりとめがつかなくなってしまっているので、まとまらないまま、ここで終わります。